パワハラする人をアドラーで考察してみる


ある国会議員の、秘書に対するハラスメントが話題になってます。
この方の場合はパワハラにセクハラも加わってますよね。人間性が疑われる異常な域のハラスメントに感じます。

みなさんも程度の差はあれど、ハラスメントに困った経験があるのではないでしょうか。
今回はハラスメントの中でもパワハラに絞った上で、アドラー心理学に当てはめて考えてみようと思います。
アドラーの「幸せな人生にするための考え方」のポイントはいくつかありますが、今回の事例については

  • 「目的論」…その行動は何を目的にした行動なのか
  • 「建設的な考えor非建設的な考え」…ためになる考え方ができるか
  • 「共同体感覚」…自分や目の前の人だけでなく所属するグループ・団体にとっての善ももたらすことを考えているか

…あたりの考え方を用いたら、パワハラをしてしまう人の心理傾向が理論的に解明できるとではと思って書いていくことにします。

話を逆にたどっていきましょう。
アドラーの解く「人生を幸せにするための考え方」のゴールは共同体感覚を持つことです。簡単に言うと「自分の所属している共同体にとっての幸福を考えていく意識を持つことが人間の幸せにつながる」という考えです。
ここではパワハラの研究なので、わかりやすくするために共同体を会社とします。あと詳しくは割愛しますが共同体感覚は自己犠牲とは違います。「会社のためになる考え方(かつ自分のため、相手のためにもなる考え方)」が共同体感覚です。
幸せな人生にすること、そのための共同体感覚に基づいた行動をすることをゴールに据えます。

ここで一旦、目的論を持ちだすことにします。
その行動の目的は何なのか、を考えます。

「間違ったことをした部下に正しく仕事をしてもらう”指導のために”厳しくしているのです」
パワハラする上司は自分の行動をこのように正当化します。
理解しがたい言い訳にも感じますが、仮に100歩譲って「指導が目的だった」としましょう。

ここで目的論のお話は一旦置いておきます。
次に検討するのは「その考えは建設的かどうかを考えているか」ということ。

パワハラによる指導をするとどうなるかを考えていきます。
一般論ではパワハラを受けた部下は委縮し、自信をなくし、とても仕事を覚える心理状態にはなりません。きっとまた同じような失敗を繰り返してしまうでしょう。それだけでなく別の失敗を誘発することも考えられます。
これでは機能しない部下が増えてしまいます。もちろん会社の業績も上がらなければ、かえって上司自身の仕事が進まなくなる、山積みになっていく…

部下に対する指導にもなってない。ということはパワハラは(部下を指導するという)目的を達成する手段にならない「非建設的な考えだ」と気づけるかどうかがポイントです。
気づけたなら建設的な考え方に切り替えるはず。「(部下の指導という)目的を達成するための」ほかの手段を考え、実行していくはずなのです。

ここでまた目的論の話に戻ります。
本当に部下の指導を目的にしているのであれば、上記のようになるはずなのです。なのに建設的な考え方に切り替わらない、パワハラが非建設的な考え方だと気づけないでパワハラをしてしまうのはなぜでしょう?

それは「本当は部下の指導なんかまったく目的としていないから」です。
本当に部下の指導を目的にしているのならば、パワハラという非建設的な行動に出る説明がつきません。むしろ指導を目的にしていないとし、別の「本当の目的」があると考えたほうが自然です。
では本当の目的とは何でしょう?

それは、実はその上司がパワハラしたいだけ。
パワハラすることを目的にしているから、パワハラができる考え方を選ぶのです。
…と考えると自然な流れになるのではないでしょうか。

建設的な考え方を選べば部下も会社も成長します。指導が目的ならばこれでいいのです。
しかしパワハラすることを目的(というか欲求)としているなら、建設的な考えを選ぶとパワハラをする機会がなく欲求を満たすことができなくなる。だから建設的な考え方は選択をしたくない。非建設的なパワハラという行動を選ぶのです。

非建設的な考えは部下の成長にも会社の成長にもならない考えだと思ってはいるかもしれません。でも本当は「そんなことは目的にしていない」からこそこの思いは無視されてしまいます。本当の目的は自分がパワハラして自分の欲求が満たすこと。だからこちらを選んでしまうのです。
ただし自分に対して罪悪感が残るから、「これは指導だ」と社会的に正当化(専門用語では”昇華”)して自分に納得させる。

誰のためにもならない非建設的な考えなのに、他に建設的な方法があるのに、それでも暴言や暴力を伴うやり方を選ぶ。
それは「その人が暴言を吐きたかっただけ、暴力をふるいたかっただけ」に過ぎない!ということです。

あくまでも考察のひとつですが、パワハラを受けた経験のある人は、パワハラした相手について

  • その人は「表面上は」何を目的としてパワハラしていたのか
  • その表面上の目的は建設的な考えに基づいていたか
  • もし非建設的な考えならば、本当の目的は何なのか
    →実はパワハラすることが目的だったのではないか

ということを考えてみてください。結構当てはまるのではないかと思います。

これでパワハラをする人の心理状態は理解できたかと思いますが、ではパワハラを受けた場合にどういう対処をしたらいいのでしょう?

もしパワハラが一時的・限定的であれば、理性も持ち合わせている可能性があります。上記の構図を利用して暴力をふるうことで何を期待しているのか、実際何をもたらすと思っているのかなどを尋ねてみると理性を取り戻してくれるかもしれません。
…が、そんなケースはごく稀でしょう。基本的にはひとりで抱え込まないことが大切です。我慢せずに協力者を求めること、状況次第では労働基準監督署などを活用する勇気を持つことも大切かと思います。

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