年賀状に求めちゃいけないもの

今年も年賀状が届きました。皆様ありがとうございました。
「アイツ元気そうだな」「コイツお子さんこんなに大きくなったのか」「ありゃ、この人また転勤かよ」
久しく会ってない友人の近況が知れて楽しいのが年賀状のいいところですよね。
なのですが、年賀状で苦しんでしまう人もいます。

昔の私がそうでした。年賀状のやり取りをそのまま「自分の人気投票」として当てはめてしまうこと。
「もらった年賀状の枚数が自分の人気のバロメーターだ」と捉えてしまうのです。
こういう捉え方になると2段階の苦しみに悩まされます。

まずは”落ち込み”。
元日に届いた年賀状の枚数が少ないと「私のことを仲間だと思ってくれてる人ってこれしかいないの?」というショックを受けます。特にほかの家族宛ての年賀状はたくさんある中で自分宛ての年賀状がほんの数枚だと「不合理な比較(無意味な比較)」の気持ちが働いて余計に大きなショックとなります。

そして落ち込みで気持ちが収まらないと”恨み”の段階へ進んでいきます。
「私は出したのに、なんであの人から来ないのだろう?」という不満の気持ちから来るものです。「私はあの人のことを仲間だ、親友だと思っているのに、あの人は私のことをそこまでの存在と思ってないんだ」と、愛情が一方通行になってると感じ取ります。その状態に対して怒りの気持ちが湧いてくると恨みに発展します。

こうして生まれた恨みの感情は、2種類の生きづらさを生む要因となります。

ひとつは攻撃的な行動をとることによる生きづらさ。
単刀直入に「なんで年賀状出さないんだよ!」「私ってその程度の存在なの?」と怒り(恨みの気持ち)を直接相手にぶつけるパターンです。
この行動のリスクは人間関係が壊れる確率が高いこと。そこから人間関係の生きづらさを感じるようになるのはおわかりでしょう。

もう一方は保守的な行動をとることによる生きづらさ。
実際に相手と会った時には何事もなかったかのように仲良く接する。つまり自分の気持ちにうそをついている状態です。でも根本では恨みの気持ちを持っているのですから、自分が我慢しているのです。
この状態は一見円満を装っていますが、恨みの気持ちが積もってくるといつか我慢の限界を超えて爆発することが考えられます。
爆発の仕方は相手に向けて爆発するパターン(攻撃的)と、自分に向けて爆発させるパターン(自虐的)があります。

ここまでパターン化させてお話を進めてきましたが、こういう負の流れに気持ちが進む人は大きな原因があるのが前提となります。

それは承認欲求にとらわれていること。
見捨てられ不安におびえていること。
つまり・・・共依存症を抱えている人がなりがちな傾向です。

年末、ワクワクしながら年賀状を書く。
「あの人にも出そう」「そうだ、この人も出しちゃおう」
デザインも文面も、愛情込めて一生懸命書きます。

共依存傾向の方はこの時点で、実は無意識的に”見返り”を期待しているのです。
「この人たちも必ず、私に年賀状を出してくれるはず」と。さらには「私は出さなかったけど、あの人からも届くかもなぁ」などと過剰な期待までしているケースもあります。それだけ”他者から認められること”を期待している、信じているのです。

でもフタを開けると出した年賀状と届いた年賀状の枚数に大きな開きが。こちらからは出したのに相手からはもらえない。共依存傾向の方はこうして傷ついてしまいます。
勝手に相手からの見返りを期待しておいて、その通りにならないと勝手に怒る・恨む。そして人間不信になっていきます。

その結果どうなるか。
今度はその反動で、本当に年賀状をくれそうな人にだけしか年賀状を出さなくなるでしょう。もらえないことで傷つくくらいなら最初から出さないという行動です。(参考までに、こういう傾向を”反動形成”といいます)
人間関係が狭まるのはもちろんですが、それ以上に「新たな人間関係に踏み出す勇気がなくなってしまう」ことが大きな問題です。以後、対人関係に問題を抱えたら逃げることを選ぶようになる。新たな人間関係を構築するのが怖くなる。それはこれからの長い人生での生きづらさに必ずつながります。

さて、ここまでお読みいただいて「私に当てはまってることが結構ある」と感じられた方もいらっしゃるのではないでしょうか。
そう感じた方は、この記事を読んで一歩成長されてます。「自分は共依存傾向なんだ」「確かにこういう行動をとっているな」と気づくことこそが、共依存症脱却の第一歩なのですから。
気づいたら共依存的な行動をやめて、健全な対人関係に踏み出せばいいのです。

年賀状においての「健全な対人関係」とはどういう心構えでしょう?
それは出す相手を絞ること。・・・って、さっきの反動形成と同じじゃないかって?

いえいえ、絞り方が違うのです。
共依存(反動形成)の場合は「もらえそうな相手」に絞っていました。
これは見返りを求めたり承認欲求からくる行動でしたよね。

健全な対人関係においての絞り方はいたってシンプルです。
それは、あなたが”無条件で”その人の”存在自体”を有難く感じられる人に絞る。
あなたが信頼している人、尊敬している人、憧れてる人、応援したい人に年賀状を出す。それだけです。

そして「出したらそれでOKにする(終わりにする)」。ここが重要です。
年賀状の目的は「あなたが」相手の方に近況や気持ちを伝えることだけなのですから。

相手があなたに年賀状を出そうが出すまいが関係ないのです。相手からの見返りは一切期待しない、相手からの承認も求めない。ただあなたの気持ちを伝えられればそれでいい。これが”無条件で””その人の存在自体を”有難く感じるということです。
そのような心構えになれば、きっと年賀状への向き合い方も変わることでしょう
返事が来なくても落ち込むことはありません。信頼できる人、尊敬している人、大切に思ってる人に対してシンプルに「今年もよろしくお願いします」というあなたの気持ちを伝えることが目的なのですから。伝えられればそれだけであなたの満足につながるはずです。

先ほども書いたとおり、今日の記事は「昔の私」を題材にして、その時の心境を分析して書いたものです。
どれくらい昔かというと・・・小学校高学年から高校生くらいにかけての私の状態なのです。学校やクラスである程度のポジション(居場所)を保ちたいがために、いろんな友達へ「つながり」を差し伸べ、その友達から「認められること」を求め、認められている証をもらって安心していた。そんな目的で年賀状を書いていた傾向がありました。

もしかしたらこのくらいの世代でクラスでも目立たない(でも人気が欲しい、モテたいと思ってる)こどもが陥りがちな傾向かもしれません。
共依存の傾向は子供のころの体験がもとになって、大人になってからの生きづらさにつながります。ですから今日の記事はみなさんご自身に当てはめるだけでなく、この世代のお子様をお持ちの親御様にはお子さんにそういう傾向がないかのチェックにも活用してもらえたらと思います。

書く枚数は非常に多い。
でもお正月に届く年賀状の枚数は少ない。
みなさまのお子様に、このような傾向はありませんか?