アドラーの考え方 -3つの劣等感

昨夜(6/14)NHK・Eテレで放送された「哲学者に人生相談」。
テーマは劣等感でアドラーの考えが取り上げられるとのことで私も見てみました。アドラーの理論は過去に大きく間違った取り上げられ方をした番組があったので懐疑的な目で見ていましたが、この番組では正しく伝えていたと感じています。

昨日の放送内容に付け加えるような形で、私のほうからちょっとだけ「プラスアルファ」の考え方を紹介したいと思います。こう理解するとより分かりやすいかな、というもの。昨日の番組を見てない方でも参考になるかと思います。

劣等感は誰もが持っている
いい劣等感は自分を向上させる力になる
悪い劣等感は他者と比較することで生まれ、いい劣等感は理想の自分と比較することで生まれる
・・・昨日の番組は大体このような内容だったと記憶してます。

ここに私から付け加え。私たちはひとことで劣等感と言ってますが、アドラーは劣等感には3つの種類あると説いています。
ひとつは「劣等性」
ひとつは「(狭義での)劣等感」
最後に「劣等コンプレックス」です。
このうち私たちが一般的に劣等感と言っているのは実は「劣等コンプレックス」のことです。

劣等性とは、器質的に劣っている「現実」です。
生まれながらに目が見えなかったり、手足が自由に動かなかったりといったもの。健常者に比べてしまうと(人間的にではなく)器質的に劣っているのは仕方のない事実。そして自分ではどうにもできない現実です。

次の(狭義での)劣等感とは、他人や理想の自分と比べた時に「劣ってるなぁ」とか「自分に足りないなぁ」と感じる「あなたの主観」です。いわばあなたの思い込みです。事実の場合もありますが、あなたが勝手にそう感じているだけで事実ではない場合もあります。いずれにしろ劣等感はあなたにとっての課題を表すものです。

問題はこの劣等感の捉え方です。劣っているから補おう、身につけよう、克服しよう、練習しようなどと自己成長につなげるきっかけに考えられれば、それは「いい劣等感」になります。
一方で、劣ってる”から”ダメなんだとか、”だから”できないんだなどと、劣等感を自分ができない理由・やらない理由にしてしまうのが「悪い劣等感」です。
この悪い劣等感が「劣等コンプレックス」、みなさんが一般的に言う劣等感の本質です。

つまり、みなさんが一般的に使う劣等感は「劣等コンプレックス」であって、「劣等感」は劣等コンプレックスへ突き進んでしまう可能性もありますが成長のバネにもなる可能性もある段階なのです。どちらに進むかはあなたが劣等感をどう捉えるか次第。「ならば、克服するために頑張る」と捉えれば劣等感があっても劣等コンプレックスへ進むことは防ぐことができるのです。

ということで「劣等性」と「劣等感」と「劣等コンプレックス」の違い、そして劣等感はその前の段階で決して悪いものではないことをご理解いただけたでしょうか。劣等感は必ずしも劣等コンプレックスへ結びつくのではなく、捉え方次第で自己成長のバネになるいい物でもある。そういうものなのです。
この辺のお話をすることでみなさまが昨日の番組の内容をより一層理解できるのでは・・・そういう思いで今日の記事を書かせていただきました。

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