「できなきゃいけない」に、苦しめられていませんか *脚本分析と拮抗禁止令

先日は脚本分析という療法と、禁止令という理論の記事を書かせていただきました。
この記事では幼時決断(幼少期の決心)に、大人になった今でも縛られていることが生きづらさにつながっている可能性や、その幼時決断は親や周りの大人から感じ取った禁止令がきっかけで形成されることをご案内しました。

禁止令・幼時決断および脚本分析についてはこちらをご覧ください

幼時決断のもうひとつの要因”拮抗禁止令”

この時の記事では脚本分析のお話がメインだったので、幼時決断の要因は禁止令だけご案内しました。
幼時決断の要因にはほかにもうひとつ、”拮抗禁止令(対抗禁止令ともいいます)”というものがあります。今回はこの拮抗禁止令をご案内します。

なおここからのお話はみなさんの立場に応じて目線を変えてください
自分自身が現在生きづらさを抱えている方は「子ども」の立場で、子どもとのコミュニケーションでお困りの方は「親」の立場の視点でお読みください
またここでは「親」と書いてますが学校の先生をはじめとした周りの大人も「親」と同じ立場と認識してお読みください

禁止令と拮抗禁止令の違いは英語にするとわかりやすいでしょう。禁止令は英語で「ストッパー」、拮抗禁止令は「ドライバー」です。
ピンとこない方は「ブレーキとアクセル」と考えると理解しやすいかもしれないですね。禁止令が「◌◌するな(ブレーキ)」という信号なのに対して、拮抗禁止令は「◌◌しなさい(アクセル)」という信号です。どちらも親から子どもに向けて発信される信号(メッセージ)です。

親からの信号(メッセージ)について補足
親からの信号には言語(言葉通り)の信号だけでなく、非言語(表情やジェスチャー、言葉の裏にある本音など)による信号もあります
傾向として禁止令は非言語の信号が、拮抗禁止令は言語の信号が子どもに影響します

親からの信号に影響された幼時決断をし、その幼時決断に囚われたままの人生脚本で生きていると大人になって生きづらさになる・・・という流れは禁止令も拮抗禁止令も共通しています。

躾と拮抗禁止令

でも「◌◌しなさい」というのはいけないことなのでしょうか?躾として必要ではないでしょうかと思いませんか。

拮抗禁止令にあたる言葉はほぼ躾の言葉と同じです。ただ躾の場合は子どもができるようになったら(=教育・指導の目的を達成したら)言わなくなりますよね。
それに対し拮抗禁止令は子どもができる・できないは関係なく、親が日常的に子どもに向けて言う傾向があります。
親としては口癖とか何気ない会話なのかもしれませんが、子どもとしては同じ指示・命令をずっと受け続けているように受け止められます。

例えばこんな感じ。
子どもの目を見て「早くお掃除しなさい」と言って、実際にきちんと早くできているのを確認したらもう言わなくなるのが躾です。
「早くお掃除しなさい」と言っておきながらできているかどうかにはあまり関心がなく、日常的に「早く学校へ行く支度をしなさい」「早く宿題をしなさい」「早く食べなさい」などと同じような傾向の指示を何度もするようであれば、それは子どもにとっては拮抗禁止令になっている可能性があります。
※この例は5つある拮抗禁止令のひとつ「急げ」という拮抗禁止令です(次章参照)

同じようなメッセージを普段から、何度も言われ続けるうちに「私はそれができていない人間なんだ」と劣等コンプレックスを感じたり、親の言うとおりにできなかった場合の不安に襲われる子どももいます。こうなると「やらなきゃいけない」「できなきゃいけない」とプレッシャーに感じたり強迫観念に苦しむことも考えられます。
これが「拮抗禁止令が影響した幼時決断に囚われて苦しんでいる状態」です。

大人になった今、
・次のことが気になって今やってることに集中できない
・物事にじっくり取り組むことが難しい
・ひとつの物事を完結できない
といった生きづらさを感じている方は、「急げ」の拮抗禁止令(による幼時決断)が影響しているかもしれません。

5つの拮抗禁止令

上記では「急げ」という拮抗禁止令を例にしてご案内しましたが、拮抗禁止令は5つあります。

1.完全であれ 2.他人を喜ばせろ 3.一生懸命にやれ 4.強くあれ 5.急げ

たとえば「完全であれ」という拮抗禁止令に囚われているケース。
子どもの頃に「ちりひとつないように掃除しなさい」とか「100点満点を目指しなさい」とか「やるんだったら最後までやり遂げなさい」などと、普段から親に完璧を目指すことを求められ続けると、子どもは「完璧にしないとダメなんだ、中途半端は悪いことなんだ」という幼時決断をしてしまいます。

「完全であれ」という拮抗禁止令に囚われたまま大人になると、完璧でないことに大きな不安を感じるようになり
・自分のやったことが本当に完璧かどうか何度も確認してしまう
・慎重になりすぎて仕事のスピードが遅い、書類の提出がいつも遅くなる
・部下や同僚に対しても仕事が完璧にできてないとストレスになる
といった生きづらさを抱える傾向があります。

ここでは「完全であれ」を例に挙げましたが、ほかの拮抗禁止令も同じです。
みなさんが現在抱えている生きづらさは、子どもの頃に親から「◌◌しなさい」と言われ続けたことで無意識に形成された幼時決断に、今でも縛られているものなかもしれません。

拮抗禁止令の場合も、脚本分析への流れは禁止令と同じです。
幼時決断が大人になった今でも合理性があるのか検証し、合理性がないと気づいたならその呪縛を捨て去る。そして無意味な呪縛から解かれた新たな決断に基づく人生観(脚本)に書き換えていくことで生きづらさからの脱却を目指します。

そう言ってる私も・・・?

かく言う私。実はこの記事を書くのに1か月かかってます。
というのも間違ったことを書いてないか、誤字はないか、おかしな言葉遣いはないかと「何度も何度も」読み直し、確認しないと気が済まないのです。ミスが見つかると場合によってはほぼできあがった記事全体を修正することもあります。
きっと大勢の目に触れるインターネットの記事として、心理の専門家として発信するものだから完璧でなきゃいけないと考えてしまい、だからなかなか記事が完成しないのだと思います。
私も「完全であれ」の拮抗禁止令に囚われているんだろうな・・・(新入社員だった頃の上司に思い当たる節あり・苦笑)

ということで、私もある程度気楽に記事を書きたいので多少の間違いとか誤字などは多めに見てください。少なくとも大きく間違ったことは書いてないはずなので。
逆に大きな間違いがありましたらご一報いただければ幸いです。